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2020年5月27日 (水)

最近描いたモノ

いくらかたまったので、以下にまとめておきます。




Yarihanzo_200425


槍半蔵・渡辺守綱

渡辺守綱は、武田軍との戦いで退却する際、手負いの近藤伝次郎に頼まれ、
持っていた手柄首を捨てて、近藤を担いで退いた。
これを聞いた主君の家康が「七度槍を合わせるよりも優れた武功である」と褒めたので、
以後「槍半蔵」の異名を与えられたという逸話が『常山紀談』にある。
また、こののち守綱は、「あのとき、自分でなければ彼を助けずに斬って棄てていただろう」とも語ったともある。






Nakanotakeko_200504
中野竹子

能書家で歌道に明るい中野竹子は、薙刀の名手でもあった。
会津戦争では同志と共に婦女隊を結成し、旧幕衝鋒隊に加わる。
城下に迫る官軍に遭遇し勇猛に戦うも、銃砲の前には抗しきれず戦死した。
薙刀の柄には「もののふの猛き心にくらぶれば数にもあらぬ我が身ながらも」の辞世をつけていたという。






Amagotango_200505

【鉄黒漆塗二十八間阿古陀形兜】

「謀聖」と謳われた名将・尼子経久が、出雲佐太神社に奉納したと伝わる兜。
大きな梶の葉の前立てがとてもカッコいい名品。





Sakaifamily_200509

酒井忠次と家次父子

【鼻紙袋】鼻紙入れとも。当世具足の胴の左の脇に付く袋。
鍔当を兼ねて小物入れとして使う(小田原城天守閣甲冑展「小田原城武者揃え」図録より)。
酒井忠次と家次父子の所用と伝わる具足には、両方とも鼻紙袋が付いている。







Kurodanagamasa_200517

【一国長吉】
黒田長政が筑前を拝領し、一国の太守となった時、初陣から愛用してきたという槍に「一国」の名を付けた。
長政にとっては感慨の深い一品のようだが、他にも沢山、筑前黒田家には宝や名物があるのを忘れてはならない。






Kanzaemon_200523

【通し矢】星野茂則
星野勘左衛門の名で有名。
三十三間堂の廊下で、夜通し弓を引き続けて、堂の軒下約121mを、
何本の矢を射通せるか競う「大矢数」で、勘左衛門は八千本の記録を立て、
天下一(惣一ともいう)の称号を得た。
江戸時代初期に流行したこの競技は、超人的な記録の更新が相次いだ。














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コメント

磯野波平さんのご先祖様は、福岡の黒田家に仕えていたらしいですね。史実だと第10代藩主斉清、第11代藩主長溥の時代とか。長谷川町子さんがそこまで意識していたかどうかは、不明ですが。

投稿: bad.Ⅳh-95 | 2020年7月 4日 (土) 10時54分

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