最近描いたモノ
鮭延秀綱
出羽山形の戦国大名・最上義光の四天王の一人で、長谷堂城の合戦で活躍し、
敵将の直江兼続は「謙信、信玄にも劣らない」と激賞されたことで有名な武将。
しかし、最上家はお家騒動で改易となると、その責任を取って浪人となり、土井利勝の預かりとなった。
この時の生活は困窮をきわめたが、改易後も従った家人たちが大道芸や托鉢をして糊口をしのいだという。
のち赦免されると、そのまま土井家に再仕官するが、与えられた五千石の知行を全て貧窮を支えてくれた家人に
平等に分け与えて、自身は日替わりに彼らの家に泊まって世話になりながら余生を送ったといわれている。
没後、秀綱の遺徳を偲んだ家人たちが建てた寺が、古河の鮭延寺である。
燕尾形兜
盛岡藩初代藩主の南部利直の所用とされる変り兜。
義父となった蒲生氏郷の引き出物であるという。
形は有名な燕の尾の兜であるが、南部家では代々「鯰尾」の兜として言い慣わしており、
現在は岩手県立博物館に収蔵されている。
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…上の兜の絵を描いていて、ふと思って描いたネタ絵。
巴御前(右)と板額御前(左)
俗に「ともえはんがく」と並べて、力強い女性を称える時に引き合いに出される日本史上屈指の女武将。
巴を描く際によく使われる冠(?)から想を得て、ミュシャ風にしてみました。
個人的には板額がよく描けたと思っています。
国産み神話(イザナギとイザナミ)
古事記の神話にある「国産み」。
日本国を作るために重要な道具は矛(天沼矛)だったのか、と思って描きました。
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