最近描いたモノさらに追加
ふたたびいくつか絵がたまったのでここにあげました。
少弐景資
文永の役で日本軍の総大将として出陣、敵将・劉復亨を射倒したというが、
乱戦の中のことで判然としない。元寇は、いわゆる神風を勝因としがちだが、
「たんなる自然現象である大風雨を神風たらしめたのは、日本武士群の武勇であった」
と海音寺潮五郎は断じている。
いわゆる「パルティアンショット」という標的を通り過ぎざま、
斜め後ろから射る体勢で描かれている場面を見たので、それに倣いました。

内藤家長
徳川家臣。弓で立てた武功が多い。
長篠の戦いでは、隊列の整っていない状況に武田の斥候が来たので、叔父の甚五左衛門とともに矢を見舞って退けた。
最期は関ケ原役での伏見城籠城戦で家康への忠義を貫き討死。
弓矢に優れていることへの評価が、鉄砲三十挺というのが、
当時なにがしかのレートがあるように感じられて、面白いなと思いました。
大塔宮・護良親王
後醍醐天皇の第三皇子にして、元弘の乱での鎌倉幕府滅亡の最殊勲者と言える人物。
建武の新政では征夷大将軍を拝命したが、後醍醐天皇には冷遇され、ほどなく失脚。
最期は幽閉ののち殺された、悲運の皇子である。
…『護良親王出陣図』がカッコいいので、そのまま参考にして描きました。
| 固定リンク

コメント