伊達政宗(上)
<武将FILE>
伊達成実(だて しげざね)
通称は藤五郎。伊達家臣団中きっての武闘派。伊達政宗の奥州争覇の一連の合戦に参戦し、戦局を左右する重要な局面で抜群の働きをした。政・戦略では片倉景綱や伊達政宗には及ばないが、戦術家としては二人を凌いでいると言える。
1594年に謎の出奔。朝鮮役での褒賞に不満があったためとも、豊臣秀次の切腹事件の累がおよびそうになった政宗を救うためとも言われるが、彼の忠烈なイメージを尊重すれば後者の方がしっくりくるかもしれない。関ヶ原合戦時に帰参して再び戦場に立つ。
鬼庭良直(おにわよしなお)
左月斎。若年から武勇に秀で、伊達政宗の祖父・晴宗の頃に一門衆に名を連ねた老臣。
人取橋合戦では、政宗から「金色采配」を授かり、指揮を一任され敵軍から200以上の首をとるほどの戦巧者であったが、圧倒的に数で劣る伊達勢は苦戦を強いられてしまう。乱戦となると、彼がかぶっていた黄色の綿帽子が目印となり、銃弾を受け負傷、岩城氏家臣・窪田十郎に討ち取られる。
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コメント
>masa様
いつもコメントありがとうございます。
お察しの通り、鬼庭良直はいかりや長介…ですね。
「っぽく」しようとは思ったのですが、ちょっと発想が安易でした、反省してます。
母衣武者も描いていないので、後藤信康は出してみたいですね。
今後とも宜しくお願いいたします!
>2010年1月22日 (金) 21時42分のお方様
ご指摘ありがとうございました。早速修正しました。
気取って慣れない漢字を使ってしまいました。
引き続きご愛顧よろしくお願いいたします。
投稿: 作者 | 2010年1月23日 (土) 22時07分
蘆名が盧名になってますよ
投稿: | 2010年1月22日 (金) 21時42分
管理人様
執筆お疲れ様でした。
片倉景綱→伊達輝宗で政宗を網羅していたので、政宗本人を描かれるとは
思っていませんでした。
景綱の時の政宗には陣羽織がなかったのでちょっと違和感を感じていました(笑)
小さいことなんですがね・・・(笑)
やはり陣羽織を着ていると格好が付きますね。
鬼庭左月のモデルは今は亡きいかりや氏でしょうか?なんか似ているような気がしました。
次回作で息子の綱元や他の伊達家臣(原田宗時、後藤信康、白石宗実ら勇将3人)が出てくるのでしょうか?
※出してくれという訳ではないです(汗
次回作も首をながーくしてお待ち申し上げております。
投稿: masa | 2010年1月22日 (金) 01時48分
>モモタ様
早速のコメント、ありがとうございます。
確かにご指摘のように、伊達政宗は出生から臨終まで、
逸話がありすぎる人物で、そのためもあってか、
一方向の見方で把握する事ができない英雄ですね。
とりあえず、今の自分の観点で捉えた政宗像を描いておこう
という感じで描いております。
幕末も…というアドバイスも頂きましたが、
やってみたい気持ちはあるのですが、
幕末は列伝にはしづらいなという
勝手な思い込みがあって難しいです…。
とりあえず、『幕末動乱の男たち』を読んで勉強してみようかな、という感じです。
今後とも当ブログを宜しくお願いします!
投稿: 作者 | 2010年1月21日 (木) 23時49分
こんばんは。早速、新作拝見しました。
政宗、きましたね。過去のキャラもいきてますね(「源氏正統波」とか)
私の持つ政宗のイメージは、例によって海音寺潮五郎さんに依存するところ極めて大ですが、
政宗は非常に魅力的なキャラですね。
脇差しの件然り、柄杓の件然り。家光に媚びる件然り。(後半生が多いですね)
大変だとは思いますが、そうした複雑かつ興味深い政宗のキャラクターをビジュアルで表現できると面白いと思います。
いや、決して強制しているわけではありませんよ。
ところで、「龍馬伝」も始まり、世間の興味は幕末に移っています。
このブログも戦国武将に固執することはないと思います。
「武将」も時代がかわれば経済官僚となるわけですから、
幕末から魅力的な人物をビジュアル化していただければ、
読者としてはこれまで以上に楽しめるところがあるのではないでしょうか。
投稿: モモタ | 2010年1月19日 (火) 22時05分